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> T-62
【sWIKI】からのお知らせ
14日(金)11時30分頃から約3時間、閲覧できない状態となりました。復旧作業、及び差分チェッカーのバックアップ作業を行いました。御迷惑をお掛けし、申し訳御座いませんでした。
T-62
の編集
*戦車紹介 [#introduction] //実車の紹介を自由にどうぞ 1950年代に入るとソビエト連邦軍は新世代の戦車砲と、対戦車砲弾、滑腔砲とAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の開発を始め、これを搭載する次期新型戦車の開発に着手、(これが後のT-64)新型戦車砲及び徹甲弾開発は順調に進み、量産中のT-55にこの砲システムを搭載した改良型の開発計画が立てられた。 この計画はT-55を設計したレオニード・カルツェフ(ロシア語版)技師の設計チームが担当、1957年には最初の試作車「オブイェークト165」が完成した。T-55の流れを汲むがより真円に近く平たい形態の全周旋回式砲塔に、第9工場(火砲)設計局開発の100 mmライフル砲 D-54TSを搭載した。D-54TSには発砲後空薬莢を砲塔後上面ハッチより自動排出する機構が備えられていた。 1961年からは当初の計画通り115 mm滑腔砲 U-5TS搭載の試作車が完成、これを「オブイェークト166」、制式名称 T-62 として量産が決定された。正式な量産/配備車両は1965年5月9日、モスクワ赤の広場で行われた「対ドイツ戦勝20周年祝典パレード」で初めて公式に公表された。 T-62は、T-54/55とは違い広く供与はされなかったが、ソビエトの同盟諸国でも装備された。第四次中東戦争時にイスラエル国防軍によって鹵獲されたシリア軍の車両は、アメリカに運ばれアメリカ軍によって徹底的なテストを受け、当時としては貴重なソビエト製戦車の詳細なデータを西側諸国にもたらしている。 ライフル砲を装備した従来の戦車とは対照的に、T-62はより速い初速でAPFSDS弾を発射することができ、スタビライザーにより安定化された戦車砲を装備した最初の戦車だった。T-62は旧ソ連軍の標準的な戦車となったが、製造コストと保守要件が前型のT-55と比較して高いため、輸出市場では完全にT-55に取って代わることはできなかった。 T-62はロシアと旧ソ連の後継国で置き換えられていったが、そのデザインや特徴はその後の旧ソ連とロシアで生産される戦車に受け継がれた。いくつかの国では改修を受けながら引き続き使用されている。 T-62はT-55と非常によく似ており、同じ部品を多く使用している。砲弾は合計40発(砲塔には4発のみ、残りは戦闘席の後方と車体の前方、運転手の右側)に収納されている。前述のとおり、T-62は世界初で初めて滑腔砲を装備していたため、当時の西側の90 mmと105 mmの戦車砲よりもはるかに速い砲初速を実現している。主砲はBM-3 APFSDS-T弾、BK-4、BK-4M HEAT弾およびOF-18 Frag-HE弾を発射することができる。APFSD弾は鋼製の侵徹体を使っているにも関わらず良好な性能を発揮した。また滑腔砲は中距離と長距離で敵戦車の装甲に有効な弾薬と考えられていたHEAT弾からより良い性能(10%から20%)を引き出すことを可能にした。 このように砲の装甲貫徹力は大きかったが、ソ連陸軍の第二次世界大戦における戦車戦の分析に従い、長距離での戦闘を重視していない設計であったため、単純な距離計測能力しか持たない(照準器の接眼レンズ内に距離測定用の目盛りを持つのみ)照準器により、射程1,500メートルを越えると命中率が急激に低下するのが弱点であった。これはのちにレーザー測遠器を搭載するなどして改善された。 砲弾の装填は装填手が手動で行い、射撃後の空薬莢を邪魔にならないよう砲塔後部の小ハッチから自動的に排出する機構は射撃速度の向上に大いに貢献するとされていたが、排莢時は砲身の仰角を最大にしなければ機構が作動しないため、排莢後にはそのつど砲身角度を戻さねばならず、かといって排莢作業を手動で行うには砲塔内容積の余裕のなさが装填手の作業に悪影響を与え、かえって射撃速度が低下する結果となった。また、射撃後に砲身角度を一定に保てない事は、同一目標への連続射撃を大いに阻害することになった 1970年代末に生産終了、現在ではロシア連邦を始め多くの国では後継のT-72に主力戦車の座を譲っているが、一部の国では近代化改修型を現在も主力戦車として運用している。 Squadに登場するT-62は装填手用ハッチにDShK1938/46 12.7 mm重機関銃を装備しているのでT-62 1972年型 (Obr.1972) と判別することができる。 //#youtube()
&attachref(./T62New.png); |BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|489|c |BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):''分類''|''主力戦車''| |製造国|ロシア連邦| |設計 / 製造|チェリャビンスク・キーロフ戦車工場| |座席数|7| |搭載物資|300| |リスポーン時間|20分| |チケット|15| *武装と能力 [#e46bf5f5] |CENTER:BGCOLOR(#ddd):20|CENTER:24|210|>|CENTER:40|400|c |>|BGCOLOR(#555):COLOR(White):座席|兵装|弾数|装填&br;時間|備考|h //1番席 //カウンターメジャー |1|操縦手|>|>|>|BGCOLOR(#fc2):''カウンターメジャー''| |~|~|煙幕展開装置|30秒|-|ディーゼル燃料を排気システムに噴射することによって車体側面から継続的に煙幕を展開し、敵から自車や味方を隠ぺいする。| |~|~|弾薬の補給|-|-|この車両から歩兵が直接弾薬を補給もしくはFOBに弾薬を補給できる。| //2番席 //メインウェポン |2|砲手|>|>|>|BGCOLOR(#fc2):''メインウェポン''| |~|~|3BM-4|10|9.2秒|APFSDS弾。軽装甲車両から主力戦車まで、あらゆる装甲車両に対して有効。| |~|~|BK-4M|8|9.2秒|HEAT弾。軽装甲車両から主力戦車まで、あらゆる装甲車両に対して有効。| |~|~|OF-11|20|9.2秒|HE-FRAG弾。歩兵やバンカー、非装甲車両に対してかなりの威力を発揮する。| // //サブウェポン |~|~|>|>|>|BGCOLOR(#fc2):''サブウェポン''| |~|~|PKT|2000|-|同軸機関銃。| // //カウンターメジャー // //オプティクス |~|~|>|>|>|BGCOLOR(#fc2):''オプティクス''| |~|~|TSh-2B-41|-|-|4倍と7倍の2段階にズームする照準用サイト。| |~|~|2軸スタビライザー|-|-|移動中の照準のブレを低減する。| //3番席 //サブウェポン // //カウンターメジャー // //オプティクス |3|車長|>|>|>|BGCOLOR(#fc2):''オプティクス''| |~|~|TKN-3|-|-|外部視察用ペリスコープ| *特徴、アドバイス、補足 [#tips] //ここに解説 T-62の115mm U-5TS "Molot"滑腔砲 (2A20) は、装弾筒付翼安定徹甲弾から、対戦車榴弾、対歩兵戦闘用の榴弾に至るまで、様々な種類の弾薬を状況によって使い分けて発射することができます。 タンクデサントが可能で車両の乗員以外に4人までの歩兵を車両後部に乗せて輸送可能です。 //&ref(,nolink,50%); *ゲーム内映像 [#image] #youtube(https://www.youtube.com/watch?v=sWCfApvnsts); *戦車紹介 [#introduction] //実車の紹介を自由にどうぞ 1950年代に入るとソビエト連邦軍は新世代の戦車砲と、対戦車砲弾、滑腔砲とAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の開発を始め、これを搭載する次期新型戦車の開発に着手、(これが後のT-64)新型戦車砲及び徹甲弾開発は順調に進み、量産中のT-55にこの砲システムを搭載した改良型の開発計画が立てられた。 この計画はT-55を設計したレオニード・カルツェフ(ロシア語版)技師の設計チームが担当、1957年には最初の試作車「オブイェークト165」が完成した。T-55の流れを汲むがより真円に近く平たい形態の全周旋回式砲塔に、第9工場(火砲)設計局開発の100 mmライフル砲 D-54TSを搭載した。D-54TSには発砲後空薬莢を砲塔後上面ハッチより自動排出する機構が備えられていた。 1961年からは当初の計画通り115 mm滑腔砲 U-5TS搭載の試作車が完成、これを「オブイェークト166」、制式名称 T-62 として量産が決定された。正式な量産/配備車両は1965年5月9日、モスクワ赤の広場で行われた「対ドイツ戦勝20周年祝典パレード」で初めて公式に公表された。 T-62は、T-54/55とは違い広く供与はされなかったが、ソビエトの同盟諸国でも装備された。第四次中東戦争時にイスラエル国防軍によって鹵獲されたシリア軍の車両は、アメリカに運ばれアメリカ軍によって徹底的なテストを受け、当時としては貴重なソビエト製戦車の詳細なデータを西側諸国にもたらしている。 ライフル砲を装備した従来の戦車とは対照的に、T-62はより速い初速でAPFSDS弾を発射することができ、スタビライザーにより安定化された戦車砲を装備した最初の戦車だった。T-62は旧ソ連軍の標準的な戦車となったが、製造コストと保守要件が前型のT-55と比較して高いため、輸出市場では完全にT-55に取って代わることはできなかった。 T-62はロシアと旧ソ連の後継国で置き換えられていったが、そのデザインや特徴はその後の旧ソ連とロシアで生産される戦車に受け継がれた。いくつかの国では改修を受けながら引き続き使用されている。 T-62はT-55と非常によく似ており、同じ部品を多く使用している。砲弾は合計40発(砲塔には4発のみ、残りは戦闘席の後方と車体の前方、運転手の右側)に収納されている。前述のとおり、T-62は世界初で初めて滑腔砲を装備していたため、当時の西側の90 mmと105 mmの戦車砲よりもはるかに速い砲初速を実現している。主砲はBM-3 APFSDS-T弾、BK-4、BK-4M HEAT弾およびOF-18 Frag-HE弾を発射することができる。APFSD弾は鋼製の侵徹体を使っているにも関わらず良好な性能を発揮した。また滑腔砲は中距離と長距離で敵戦車の装甲に有効な弾薬と考えられていたHEAT弾からより良い性能(10%から20%)を引き出すことを可能にした。 このように砲の装甲貫徹力は大きかったが、ソ連陸軍の第二次世界大戦における戦車戦の分析に従い、長距離での戦闘を重視していない設計であったため、単純な距離計測能力しか持たない(照準器の接眼レンズ内に距離測定用の目盛りを持つのみ)照準器により、射程1,500メートルを越えると命中率が急激に低下するのが弱点であった。これはのちにレーザー測遠器を搭載するなどして改善された。 砲弾の装填は装填手が手動で行い、射撃後の空薬莢を邪魔にならないよう砲塔後部の小ハッチから自動的に排出する機構は射撃速度の向上に大いに貢献するとされていたが、排莢時は砲身の仰角を最大にしなければ機構が作動しないため、排莢後にはそのつど砲身角度を戻さねばならず、かといって排莢作業を手動で行うには砲塔内容積の余裕のなさが装填手の作業に悪影響を与え、かえって射撃速度が低下する結果となった。また、射撃後に砲身角度を一定に保てない事は、同一目標への連続射撃を大いに阻害することになった 1970年代末に生産終了、現在ではロシア連邦を始め多くの国では後継のT-72に主力戦車の座を譲っているが、一部の国では近代化改修型を現在も主力戦車として運用している。 Squadに登場するT-62は装填手用ハッチにDShK1938/46 12.7 mm重機関銃を装備しているのでT-62 1972年型 (Obr.1972) と判別することができる。 //#youtube() *コメント [#comment] #pcomment(,reply,20,)